指戦争:なかかみ

指戦争

その夜、お姫様は寝室を抜け出してお城の裏庭を散歩していました。

「あなた、指が五本なのね?」
「……そうだ、四本指のお嬢さん。この時間に警備は来ないはずなんだけどな」
「よく知ってるじゃない。警備がいたら私もここにいないわ」
闇によく紛れる服装の男は草陰に隠れながらお姫様に話しかけます。
「動くんじゃないぞ。妙な動きをしたら……」
男が脅しをかけるも、お姫様はけろっとした様子です。
「あなた五本指の国の斥候ね? 城の情報をあげるから外の世界の話を聞かせて頂戴」
男は驚き、ひと悶着あったものの最終的にお姫様の提案を受けることにしました。

今四本指の国と五本指の国は戦争状態にあります。この男は五本指の国の斥候でしょう。
歴史上、指が四本の人類は8進数を採用したために計算処理能力が向上し、五本指の人類に対して文化的、政治的な優位を築いていたと言われています。
一方五本指の人類は道具の使用能力と拡張性において、四本指の人類に対して優位を築いていたそうです。
二つの人類は利害関係を保ちつつ歴史を重ねていきましたが、ついぞ融和することはなく断続的に戦争を繰り返すことになっています。

「国境近くのこの町に襲撃を仕掛けることになっている。陽動として城を攻撃して、本命は手薄になった市街ってことだ」
三日ほど夜の裏庭で情報収集をした男はお姫様に計画の話をしました。

「一週間後の夜に城の食堂を爆破する。陽動だから爆発自体の威力は大きくないが、近づかないようにしたほうがいいだろうな」
「そうなのね。あなたから聞かせてもらった五本指の国の話、面白かったわ」
お姫様があと何日か情報を集めに来ないか、と何とか引き留めようとしましたが男は断りました。
「いや、情報は十分に集まった。お前ら風に言うと八分、かな?」
「……十分で大丈夫よ。あなたたちの8は私たちの国では桁が繰り上がって10になるの。だからこの国でもあなたたちと同じように十分って言うわ。もう十分ってね」
「俺たちがお前らの計算法を8進数っていうのにも納得してなさそうだな」
「そうね、あなたが8進数、10進数っていうのを私は10進数、12進数って言うことになるわ。そもそも8って数字がないのよ」
男は妙に納得のいった顔で、お姫様にほほえみました。
こんなご時世じゃなきゃ四本指のやつとも友達になれたのかもしれないな、と言い残して男は闇に紛れました。
「待って! 私をここからどこかへ連れてってくれないかしら」
男は城外への道を知っているはずだとお姫様は訴えます。
部屋から抜け出すのが精一杯の私を、城の外へ、どこか知らない場所へ連れて行ってほしい。
お姫様はそう訴えかけますが、男はどこかへ消えてしまいました。お姫様の知らない道を使って。

爆破騒ぎがあった次の日から、警備が厳重になり、お姫様はもう裏庭に抜け出すことができなくなってしまいました。

その後、お姫様は風の噂で、五本指の国は白黒の獣が率いる六本指の国に支配されたと聞きました。
お姫様は五本指の国が滅んだことに、ショックを受けてはいないようでした。五本指の国がどうなろうと、国に帰ってしまったあの人に会うことはもうできないから。
お姫様は抜け殻のように、塔の上から、裏庭に知らない人が入ってくるのを待っています。


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