esports: さしま

2019年がesports元年といわれて久しい。その年は日本eスポーツ連合(のちのゲーミングガバメント: 所謂GG)が発足、ぷよぷよカップ、パワプロ・リーグ、国産ゲームの大会が数多く開催された。その後もゲームを使用した競技の影響力は世界規模で拡大していき、経済と政治すらその影響下におさめることになる。

『esports化するポストモダン』はそんな世情を鋭く読み取った思想書であった。人間の後にくるもの、ポストヒューマンはesportsであると誰が予想できただろうか。

一方灘、開成がesports分野において大きく遅れをとり、その名声を失墜させていった。偏差値というのは高校においてもはや重要なパラメーターではない。紀年法として西暦が終わりesports世紀が始まった今、esports専門学校はもはや世間から見下されるような組織ではない。一流高校とはesportsが強い学校のこと。

この前の模試、偏差値が70以上もあった? よほど変なやつでないかぎりそんなこと自慢する奴はもはやいない。

「河野、B校から挑戦、お返事どうするんですか?」 「うーん、断っちゃだめなのかなー」 「当たり前じゃないか!これに勝てばシルバー帯から脱出できる。」 副部長の山田が怒る。 「山田のいうとおりですよ、この勝負受けて立ちましょうよ」 マネージャーの永井もだ。 B校はBallistic高校、もともと専門学校ではなく企業からスポンサードされたプロゲーミングチーム「Ballistic Gaming」が母体となっている学校だった。もとの学校と同様シューターに特化した部活で目覚ましい成果をあげている。プレデター帯=最高ランク帯の学校だ。 そんな学校が我々佐山高校になんの用があるのか。

「でも負けたらブロンズに落ちるんだよ。」 「もうそんなこと言って、勝てる勝負しかやってないからシルバー帯からでられないんですよ」 山田のいうとおりだと河野は思う。佐山工業高校はあらゆるゲームにおい弱小チームしかいない。レートの高さは社会的地位とイコール。西暦をまだ使っていた時代でも人権が保証されるのはキルレ2.0以上だった、と日本史の授業で聞いたことがある。さすがに人権はチートを使わない限りにおいて保障されている。しかし時代は変わってもなお人は過ちを繰り返す。

「B高に万一でも勝てれば、ゴールド帯にいければ、人から白い目で見られずにすむんですよ!」 そうだレートを失うことを恐れていては、成長できない。河野はやっと決心がついた。 「わかった、永野と山田のいう通りだよな。」 「そうですよ部長、明日から特訓頑張りましょう」 「3人でやればきっとできるはずだ。」 こうして3人の地獄の特訓がはじまった。

朝四時に目を覚ました河野は、冷蔵庫から生卵を5つ取り出し割ってコップへ入れる。そのまま一気に飲み干すのだが、毎度吐きそうになってしまう。 しかし特訓とは生卵を飲むことから始めるのが作法なのだ。道を極めるには、作法からまずは入る。

牛肉をなぐる。ランニングをする。片腕で腕立て伏せ。薪を割る。これらが河野らが3v3で戦うFPSにおいて、基本中の基本といえるメニューだ。

パッカーン、河野が薪を100本割り終えたところにほかの2人も合流してきた。永井の両手には血が滴っており、牛肉を激しく殴りつけてきたことが伺える。 山田はスウェットをきているが手にはオレンジをもっている。 「山田、オレンジもってどうしたの?」 「走ってたら誰かが投げて寄こしてくれたんだ」

放課後はより実践に近い形で練習をする。つまりはストッピングを取り入れた練習だ。 無呼吸エイム。 クラシカルな爆破系ルールのFPSでは必須の技術といわれるストッピングは、いまなお研究が続けられる技術だ。息を止めた状態(ストッピング)から繰り出されるエイムは、酸素を求め必死に生きようとする意志をマウスの照準に託すことで初めて成立する。

1ラウンド10分の試合、10分間息を止められる人間はいない。 ストッピングが尽きかけた状態は最も強い。しかしひとたび息を吸い込んだ相手を倒すことは、赤子の手をひねるよりたやすいだろう。爆破系ルールは読みあいのゲームなのだ。

河野は自分の両隣で顔を真っ赤にしながら無呼吸闘法に挑む味方を誇らしく思った。

試合当日、河野は永井から聞いたことが信じられなかった。 「B高の人間は10分以上ストッピングができるって?」 「そんなの信じられない!」山田は動揺している。 でもそれができるからこそ、彼らはトッププレイヤーなのだ。元から勝負は決まっていたのだった。

試合を前に落ち込む永井と山田。しかし河野だけは違う。 「無呼吸闘法でかてないなら、いっぱい息を吸うんだ。」 「なんだって!」 「そのうえで相手を金剛力士と鏡餅の陣形で迎え撃つ。」 「おお!」 「それでも勝てないかもしれないが、俺たちがクズじゃないことをみんなに見せてやろうじゃないか」 「河野、成長したね」 こうして三人は意気揚々と試合に臨むのであった。


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