『角膜霊』『イカタコ大戦争』: さしま
『角膜霊』
僕は幽霊が見えるようになった。
最初は気のせいかと思ったが、幽霊は足がないのですぐに判別がつく。 それから仕事場、電車の中といろんなところで幽霊を見かける。
数か月前に右目の角膜移植を受けたことに思い当たる。目の病気を患い、ドナーから目の外側の角膜という膜みたいなものを移植されたのだ。手術そのものは成功して、その後の経過も順調だった。
医者へ相談へ行くが異常は見当たらない。これ以上ないくらい他人の目と僕の目の部品が上手にくっついたのだという。
悩みの種ではあるが実害はない。ある日、仕事から帰りマンションの階段を上っていると、向かいのマンションのテラスから、誰かがこちらを見ている。ふと手術を受けた片目をつぶってみると、遠くに見えるその誰かが消える。また目を開くと、姿がまた見える。
死んだ人間からもらい受けた目の膜が、この世のものではないものを見せているのか。 そして向かいの建物のあの人は生きている人間じゃないのか。
その日から眼帯をつけて過ごすようにした。周りの人間には目の調子が悪いといってごまかす。いままで感じていた、姿の見えない視線は嘘のように消えた。
しかし24時間ずっとつけているわけにはいかない。
しかも困ったことにオバケが見える頻度が高くなっている。 目の手術をしてから僕の生活はおかしくなってしまった。 たまに見えるくらいだったのが、外すと毎回誰かの気配。 なにか悪さをされるわけじゃないが、心がまったく落ち着かない。
たとえば寝る前、明かりを消すと誰かが部屋の隅に立っている。 驚いてすぐに電気をつけるとだれもいない。頑張って右目をつぶっていても、ふとした拍子にあけてしまう。
医者へ行って角膜を取ってくださいとお願いする。 「ドナーの方は霊感が強い方だったようで。こんなことになるとは思いませんでした」 片目は見えなくなるのは不便だが、幽霊が見えるなんてごめんだ。
手術が終わると左目は見えず、いつも幽霊が見えるようになっていた。
『イカタコ大戦争』
僕が海で釣りをしているとイカが釣れた。帽子をかぶっていない頭がチリチリ焼けそうな夏の日差しだ。海辺の町のはずれに、自分だけが知っている釣り場でのことだ。 釣りを教えてくれた叔父がイカを刺身にしてくれたのを覚えている。
せっかくだから自分で焼いてみよう。 「内臓を抜いて丸焼きにしたら……」 独り言を漏らすと 「おい、ちょっと待て」
誰だろう、ここら辺には外の人はいないはずだ。 当たりを見回していると、下から声が聞こえる。 バケツの中だ。
「そうだ。私がしゃべっているんだ」 「イカがしゃべるはずがない」 「イカは昔は喋ったんだ。 私たちは昔は地球で一番頭が良い種族だったんだ。そのころのお前たちときたら哀れなサルと大差ないな」
すこしむっとしたけれど、バケツの中の哀れな軟体動物に腹を立てても仕方がない イカは話し続ける 「イカの文明は凄かった。 「へえ、どれくらい凄かったのかい?」 「それはもう凄い。火星に探査機を送るくらい凄かった」 なるほど、今の人間とそう変わらないな 「しかしタコが侵略してきたんだ。イカ文明は壊滅しかかった」
イカは続ける。 「そんなに文明が発達していたのに、どうして侵略されたのさ。ただのタコじゃないの」 「タコは地球の生き物じゃない。火星からきたんだ」
そういってイカは軌道上で燃える戦艦や、われわれ人間には想像もつかないようなことをはなしてくれた。火星のタコと地球のイカは互角に戦ったが、それでも決着がつかない。火星の海は枯れ、文明は崩壊した。そしてイカとタコは言葉を忘れた。
「それで、今に至ると……」 かつてどんな文明を誇ったかは知らないが、今は高校生に釣りあげられバケツに放り込まれている。僕は話すイカから過去にあった大戦争のことを聞いてしまった。
これが最後の生き残りか。僕は彼を裁いて食べることにした 戦争犯罪を裁く。