PUBGにいくはずが: さしま

荒川は仕事の帰りに、山田を見かけた。 話しかけられている。 なんだ不良に絡まれているのか 助けに行こうかともおもったけど、仲良く話している。 若い男二人に女一人。このあたりは客引きに会うこともそうそうない。 宗教の勧誘でもされているのだろうか。 ずいぶん長く話しているので心配になってきた。

「さっきの人たち、どうした?」 「いやー、面白い奴らだったよ」 「あんまり変な奴と絡むのやめとけよ」 泥酔に近い山田はひとりで電車に乗れそうになく、彼をタクシーに放り込んで荒川は電車で帰った。

月曜日オフィスのデスクに座った時、後ろの席に山田がいない。 課長が電話をかける。 「もしもし、山田君?今日来てないみたいだけど……。」 手招きされて電話を差し出される

「ごめん、いま会社にいけないわ」 「どうしたんだ」 電話の先で機械音がなっている。 うなるようなこの音は飛行機のエンジンか。

「いま飛行機に乗ってるみたいなんだ。助けてくれ。」 もしや、と思い質問してみる 「周りにどんな人がいるか説明して」 「なんかパンツ一丁のひととか、ライオンのコスプレした人がいっぱいいるんだけど」

PUBG行きの飛行機に間違いない。 「とにかく早く助けに来てくれー」 電話は切れてしまった。

困ったことに会社の同僚が、PUBG行きの飛行機に乗ってしまったようだ。先日怪しい人間に話かけられていたが、騙されてサインでもしたのだろうか。パーティで酔っぱらってサインしたら民間警備会社に契約、というニュースもあった。言質を取られて拉致されてしまったのか。

PUBGはご存じのとおり、バトルロイヤルの代名詞的なイベント。ロシアの孤島エランゲル島で毎月開催されているNetflixの人気番組だ。広大なマップなら、いわゆる「密」を気にすることはない。最後の一人になるのは、相当気分が良いと聞く。

「山田はPUBGに行きました。もうだめです」 「いあや、ならん。山田は絶対に取り戻せ」 「そんな、無理です。彼はエランゲル島のど真ん中で、救出なんて不可能です」 「本当にそう思うのかね」 課長が引き出しを開けて、手紙を取り出した。 「これはリンカーンが書いた手紙だ。 『奥さま マサチューセッツ州陸軍局より、報告書が送られてきました。 5人のご子息が名誉の戦死をとげられたと どのような言葉をもってしても あなたのお悲しみを癒すことは不可能でしょう。 しかし合衆国連邦に命を捧げたご子息たちに 我々は深い感謝を捧げます。 願わくは神があなたの悲しみを和らげ 幸せな思い出だけをあなたに残すことを 自由の祭壇に捧げた尊い犠牲、それを誇りとして下さい。 心より敬意をこめて アブラハム・リンカーン』

兄弟全員戦死したなんて山田の親どうやって説明するんだ。」

「山田はそもそも一人っ子ですよ」 「だったらなおさら助けないとな」

次の日はもう成田空港で飛行機に乗っていた。 離陸するときのお腹に感じる強烈な違和感。 飛行機に乗るのは高校の修学旅行以来のことだった。

飛行機の後部ハッチが開く。 そろそろ時間か。 足がすくむ。荒川はなかばやけになって飛行機から飛び出した。

パラシュートを開いて、田舎街へ降りた。 目の前に三角形のモニュメントが立っている。 周りに人もいるようだが。早く物資を集めないとな。 荒川は奇妙なモニュメントをもう一度、見る。

「日本最北端の地」 モニュメントの下に書かれた文字。

ここは稚内だ。荒川は日本最北端の地に立っていた。 飛行機から飛び降りれば、そこはエランゲル島だと思っていた。 降下するのが早すぎて、ロシアにさえ入っていなかった。 最初からおかしいとは思っていたのだ。成田から飛び立ってからまだ3時間くらいじゃないか。

なんということだ。エランゲルはどこにあるのかとかはよく知らないが、日本の近辺じゃないのは知っていた。択捉でもカムチャッカ半島でもない。

荒川は気まずい気持ちに、肌寒さも感じた。Yシャツにネクタイという恰好だった。 今は夏もそろそろ終わるころだが、飛行機に乗る前は額に汗をかくほど暑かった。 さすがに日本最北端の地は、名前に恥じない寒さである。

こうしてもいられないな。看板が見えたラーメン屋へ入った。今はご飯を食べて心を落ち着けよう。どうせ山田はエランゲル島でくたばっているのだと、荒川はあきらめることにした。おいしい味噌ラーメンを食べて嫌なことは忘れたかった。


さしま

1767 Words

2020-10-11 14:50 +0900

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