サヨナラホームラン:なかかみ

<<さあ、サヨナラのランナーが出て9回裏、打者は4番の大山です!>>

お、いい展開だな。金曜の夜にビール片手に見るのにちょうどいい乱打戦だ。その締めがサヨナラならまたビールが進むなあ。 そう思いながらテレビを眺めていると、スピーカーから「カキーン」と快打音が鳴り響いた。

<<打ったーー!!大きい!打球はグングン伸びて…入ったー!入りました!大山、この大一番で逆転サヨナラホームランです!>>

おお、打ったか。サヨナラホームラン。いいもん見たなぁ。
阪神を応援している俺としてはかなり気分がいいので、冷蔵庫から追加のビールを取り出す。テレビのリモコンを取ってチャンネルを回す。今シーズンはスカパー!のプロ野球セットに加入したから、阪神戦が早く終わった日は他の試合も見ないともったいないのだ。
「なんかいい試合やってないかなー、っと」
お、また9回裏、サヨナラのチャンスの試合だ。巨人・広島戦。ビール片手になんとなく見ていたら、またテレビからバットの音が鳴り響いた。

<<打ったーー!!大きい!打球はグングン伸びて…入ったー!入りました!鈴木、ここでサヨナラのホームランです!>>

「おいおい、広島もサヨナラホームランかよ…珍しい日だな」
結局その日、俺が見た野球中継の試合はすべてサヨナラホームランで幕を閉じた。

あの日以来、見る試合見る試合すべてがサヨナラホームランで終わってしまう。俺が観戦する試合すべてだ。なにか異常なことが起こっているのは自覚していたが、スカパー!と契約しているんだ、見ないと損じゃないか。そういう気持ちで、それからも野球は見続けていた。
ひいきのチームが勝つなら楽しく見れるのだが、どうでもいいチームの結果の分かっている試合を見るほどつまらないものもない。どうやらこの能力(?)の影響力はなかなかのもので、バッターが打力のないピッチャーであっても9回裏2アウトでランナーがサヨナラに必要な数たまっていればサヨナラホームランを打ってしまうらしい。

そういうわけで、テレビで野球中継を見るのは阪神が後攻の、ホーム試合だけになってしまった。絶対にサヨナラホームランを決めてくれるので、途中までビハインドを背負ってドキドキしつつ逆転勝利を収める姿を、酒を飲みながら観戦していた。
他のチームの試合結果はスポーツ新聞で見ることに決めていたのだが、ちょっと今朝から新聞で見た試合結果もおかしくなってきた。

「3-4x」のように後攻のチームの点数の横に必ずバツがついている。つまりサヨナラで終わったゲームということだが、新聞で見た12球団6試合の結果すべてにバツがついていたので混乱してしまった。この試合結果は偶然そうなってしまっただけで、俺の影響なんて関係ないことを祈りながら、こんな現象は普通に起こるわけないよな、と冷静に、自分の持つ能力の影響が強くなっていることを理解した。
あれから、順位表を見るだけなら結果に干渉しないことが分かったため、スポーツ新聞もニュースのスポーツコーナーも見ないようにして、Yahoo!のプロ野球順位表をブックマークして順位の上下を見るだけにした。
未だに阪神が後攻の試合は見ているが、結果が分かっているので、酒でも飲まなくては見てられない。まあ酒は前から飲んでいたのだが。
俺が観戦しているためホームで負けなしとなった阪神は、シーズン終盤あっという間にマジックが点灯し残すところ1つとなった。
今日は阪神のホーム戦だが、明日、昔からの親友で阪神ファンの木島と飲む約束がある。木島と一緒に阪神ファンの集まる居酒屋で観戦しながらシーズン優勝決定を喜ぶというのもいいだろう。今日は野球中継を見ずに、阪神が負けるのを願うとしよう。おおよそファンのとるべき行動ではなさそうだが。
翌日、木島と阪神ファンの集まる居酒屋へ向かうため難波へ集合した。

昨日は阪神は無事負けたらしいことを電話で聞いたので、じゃあ難波へ、と提案したのだ。
「おう、椎名。久しぶり!お前今シーズンもスカパー!契約して12球団見てるんだろ?今期の中日の調子の悪さは見てられねえよな」
「いや、今期はそんなに試合追っかけられてねえんだ」
そんなことを話しながら木島と野球中継の流れている居酒屋へやってきた。
昨日優勝を決められなかったからか、今日こそ決めてくれと阪神ファンが集っている。
「そういえば、椎名お前、昨日のスポーツ新聞見たか?久々にホームで負けたもんだから阪神、すごい書かれようでさ」
そういって木島が見せてきたスポーツ新聞を何の気なしに読むと、

”阪神優勝決定!!最後もやっぱり逆転サヨナラホームラン!”

という記事が目に入った。
「あれ、この新聞…」
木島の持っていたスポーツ新聞を見てしまい、見出しを読んだ瞬間、世界がブレた。
視界が明滅し、体勢が保てなくなり、机に突っ伏せるような格好になったところで、正面から木島の声がした。
「おい、椎名大丈夫か?急に机に頭ぶつけてどうしたんだよ。まだ1杯も飲み切ってないのに」
「あ、ああ。すまん、大丈夫だ」
そう言って体を起こして、あたりを見回すとさっきよりも人が減っている。
「あれ、この店の客こんなもんだったか?」
木島に聞くと、
「ああ、昨日阪神が優勝決めたからな。そんなに人いないかと思ってたけどそこそこいるよな」
と答えた。
なんということだ。昨日の新聞をここで読んだだけで、世界が変わってしまったのか?
俺の影響はそんなに大きくなってしまったのか。今店のテレビで流れている野球の試合ももちろん阪神のサヨナラホームランで終わるだろう。俺の能力はどんどん影響力を増している。もしかすると、俺が望めばあらゆる勝負事で後攻を勝たせることだってできるんじゃないのか?
これはまだ仮説に過ぎないが、試してみる価値はありそうだ。何か勝負できそうなものは…とあたりを見回すと、楽しそうに酒を飲んでいる木島が目に入った。

「なあ、木島。ここの飲み代、ジャンケンで負けたほうがおごるっていうのはどうだ?」
「ああ、いいぜ」
「ただし。俺に後出しさせてくれ。いいよな?」
「は?なに言ってるんだお前、いいわけねえだろ」

断られてしまった。


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