Just monica. 後編:なかかみ

ユリと目を合わせずに、窓の外に広がる宇宙を眺めていたらユリが椅子に座りなおしていた。
「多分この世界、というかこの空間はある程度わたしの思い通りにできるみたいなの」
さっきカバンから取り出していたリンゴを一口かじってから、ユリは喋り出した。
「このリンゴもそう。さっきアリサとお喋りをしてる時にカバンの中から出したけど、別に八百屋で買ってきたり、リンゴの木からもぎってきたりしたわけじゃないわ」
そもそもそんな八百屋とかある空間じゃないしね、と空笑いしている。
「じゃあどこから持ってきたの?」
「持ってなくても出せるのよ、そう望めばね。別にカバンの中じゃなくて、何もない場所に出すこともできるわよ」
ユリが正面に腕を伸ばして手を上に開くと、手のひらの中に新しいリンゴが現れた。きれいな形をしている。多くの人がリンゴを想像するときに、思い浮かべるような、理想のリンゴの形。何もない空間から取り出したリンゴを一瞥すると、私の閉じている参考書の上にそのリンゴを乗せた。
一口かじったリンゴがなくなっているのは、ユリがそう望んで消したのだろう。
「ね。こんな風に出し入れできるのよ。多分リンゴだけじゃなくて、望めばなんでも出せると思うわ。なんでも。ダイヤの指輪でも、デーモンコアでもね」
「じゃ、出したらいいじゃない。見たところ、学校指定の持ち物しか身に着けていないみたいだけど」
「まあそれは、私が望んでいないっていうことなのよ。多分。私が望んだ物をなんでも出せるとして、その能力と、実際に出すかどうかは別問題じゃない?」
「ユリの気持ち次第ってこと」
「そう。私はデーモンコアを出して放射性物質の実験をするよりも、アリサとこうしてお喋りをすることに魅力を感じているの。宇宙空間を漂っているこの状況で日常っていう言葉を使うのもおかしな話だけど、こういう日常を崩したくないと思っているのよ、多分ね」
「多分ね、ってなに。ユリの気持ちの話でしょ…」
「そう。わたしの気持ちの話だと思ってたんだけど」
横を向きながら話していたユリが、椅子をずらして私に向き直る。まっすぐ人の目を見ながら話す癖はやめてほしい。まるで大事な話をするみたいで緊張しちゃうから。
「望んだ物を自由に出し入れできる、こんな物理法則も何もない空間で、私がアリサを思う気持ちと、この空間を壊したくないって気持ちだけは変わらないの。まるでこの気持ちが、この世界を定義するルールみたいに。もしかしたら私の存在よりもこのルールの方が確かなものなんじゃないかって思うわ」
そう言うとユリはどこかから取り出した青リンゴをかじって私に笑いかけた。
「ねえ、おかしいと思わない?こんな知識欲の権化みたいな私が、なんでも出し入れできるこの空間で、アリサとお喋りすること以外に興味がないっていうことに。これは推測なんだけど、私の存在もアリサが望んだからあるだけなんじゃないかって思ってるの。この日常を壊さないで、アリサを適度に楽しませるような存在。それを望んだから、私がここに存在しているんじゃないかって」
もしそうだとしても、私は楽しいからいいんだけどね。そう言ってユリは横向きに座り直した。
確かに私は、以前の日常に戻りたいと思っていないのかもしれない。大量の人間と、蠢く人間関係。そんな心休まらない日常に比べれば、今の環境はとても穏やかだ。窓から見える宇宙空間もきれいだし。
まあなんでもいいや、と思いながらユリの髪の毛を眺める。作り物のように綺麗にまとまった毛先。指の先で触ってみたい衝動に駆られるけど、そんなことしたらユリが過剰に喜んじゃうだろうしな。

まあいいか。そろそろ私の日常に戻ろう、と机の上を見ると参考書の上にユリの出したリンゴが置かれていた。

邪魔だからこのリンゴを消すか食べるか、してくれないかな。


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