なぜか学校一の美少女と付き合うことになったが、心労がすごいので別れたい 第一話:utatsu
「朝城さん。ぼ、僕と……付き合ってください!!」
「え、嬉しい。これからよろしくね」
「はい!こちらこそ」
と、このようにものの見事に僕は玉砕した。
やっぱり高嶺の花はこうあってほしいし、これで心置きなく……って、えええええええええええええええええええ!!!
今なんて? 僕の告白は受理されたのか?
非常に混乱している。なかなか焦点の定まらない視線を、なんとか朝城さんの方に向けた。
そこには栗色のセミロングをなびかせ、目を伏せつつも時折こちらの様子を伺う彼女の姿があった。こころなしか、頬を染めていて、はにかんだような口元が見えた。夕日が映り込む窓辺がその存在感にさらに拍車をかける。
かわいい。
長く彼女に一方的かつ密かな思いを寄せていた中で、こんな表情をする彼女は初めてだ。
その姿をずっと見ていたいが、しかし今はそれを許さない。この場をどうにかしないと。本来思い描いていた展開と随分異なる。
なぜなら玉砕前提の告白だったからだ。
朝城海琴(あさぎみこと)。高校二年三組。A型。7月3日生まれ。
真の容姿端麗とは彼女のことを言うのだ、と入学してすぐ悟った。成績は優秀、素行よし、運動はちょっと苦手みたいだけど、そこがまた彼女の魅力で、心惹かれる理由の一つなんだろう。実はいいところのお嬢様で、社長の娘という噂もある。
二年になって、同じクラスになってわかったことは、彼女の周りには常に人がいる。イケてる男女から物静かなクラスメイトまで惹きつける、僕にとっての高嶺の花であり、アイドルだ。
もちろんモテる。彼女と親密になりたい男子諸君が、彼女の机の中にこっそりと手紙を入れる瞬間や、廊下から彼女を呼んでどこかへ連れ立っていく瞬間を見たのは一度や二度ではない。ただ今まで成功した話は聞いたことがない。
僕? 僕はそんな彼女の日常を、教室の隅から時々目で追っているくらいだ。話しかける勇気なんてない。もっともこれも最近は少し控えるようにしている。なぜか数ヶ月前から目が合う回数が増えたからだ。警戒されているのかもしれない。
さて、そんな僕が彼女に告白するという暴挙に出たのには理由がある。
僕はこの学校で思い出が欲しかった。空虚でも、何かを成し遂げたという事実が欲しかった。
あと一ヶ月で転校するのだ。父の仕事の都合で。
僕の父はしがないサラリーマンで、会社の都合でどこへでも往くほかない。僕自身これまでも何度も転校を繰り返して来たわけだが、今となっては特段不満はない。母と二人の妹と僕とを、必死になって食わせていると思うと、尊敬の念すら抱く。
高校に入ってもうないかと思っていたが、こればかりは仕方がない。
転校までのあと一ヶ月でやり残したことはないかぼんやり考えていたところ、真っ先にこれが浮かんだのだ。朝城さんへの告白が。
朝城さんには申し訳無いが、すっぱり振ってもらって心置きなく新天地に向かう予定、だったのだが……。
え、今オッケーされなかった?
「えーと、今なんと?」
「き、聞こえなかった? もう一回言うの恥ずかしいんだから……その、よろしくね、って」
オッケーされているみたいだ。何十回と脳内で告白のシミュレートをしてきたわけだが、そのシナリオは予想だにしていなかったため、次の言葉が出ない!
どうしよう、なにか言わないと。ごめん、そんなつもりじゃなかったって!
「うん、よろしく……」
次に出た言葉がこれだ。よろしくと言われて、よろしくと返さなかったことはない。違うんだよ、よろしくしたいけど、したくないよ……。
お互いに沈黙が流れる。もしかしたら彼女も緊張しているのかもしれない。
「じゃあさ、よかったら今から一緒に帰らない? 鷹島くんとようやく直接お話できるなーって」
「ご、ごめん! このあと用事あってさ、すぐ帰らなきゃ」
勢いで誘いを断ってしまった。だって、今の頭でこれ以上一緒にいることは考えられない。ごめんよ、朝城さん……。
そういって背を向けて今にも駆け出そうとする僕に、彼女は声をかけた。
「待って、ください! じゃあ連絡先だけでも」
「あ、うん。もちろん……」
お互い携帯電話を取り出し、連絡先を教え合う。かわいらしい動物のアイコンが見え、夢にまで見た朝城さんの連絡先だ――と、思わずほころびそうになったが、そんな場合じゃない。
「ありがとう」
「うん、ありがとう。じゃあ、またね」
簡単に礼を述べて、その場をあとにする。去り際、朝城さんは手を顔の近くで小さく振ってくれていた。うん、なんて愛おしい仕草だ。
帰り道の記憶はなかった。気がついたら自宅の扉の鍵を取り出して中に入っていた。母親のおかえりの言葉を聞き流しながら、自室で今の出来事を振り返る。
少しの高揚感と、大きな不安。これが夢と言われれば、はいそうですねとすぐさま納得ができる。念の為携帯で朝城さんの連絡を確認し、思わず現実か……とつぶやいた。
これからどうしよう。なんとか事情を説明して別れてもらうか? いや、そんなことはできない。彼女を間違いなく傷つけるだろう。じゃあ転校のことを伏せてこのままでいるか? それもだめだ。僕にそんな器用なことはできないし、彼女を騙すようで気が滅入る。
ベッドの上で寝転がり、うんうんと唸っていると、妹からうるさいと文句を言われた。隣の部屋なのに……そんなに聞こえてた?
体を起こし、机に向かう。PCを起動して、ネトゲでもして気を紛らわせよう。まだ友人は……ログインしていないな。この時間にいることはあまり多くないし。
しばらくゲーム内を探索しながら、時間をつぶす。問題を先送りにしながらするゲームは背徳的だな、などと考えながら。
しかし、つかの間の現実逃避は、携帯の通知によって突如終わりを迎えた。
『明日、お出かけしませんか?』
前回の続きではないです。すみません。