シップブレイカー: さしま

一生かかっても返せないほどの借金を負った人間は自殺するかもしれないが、 サンサワはそうはしなかった。サンサワは大変な借金をした。10億ドルだ。 日本円だと1000億円くらいになる。どうやったらそんな額の借金ができるのだろう。普通そんな桁の金額をかりることはできない。できたとしても返せる見込みのある人間だけだ。理屈としては複利が絡んでいる。この2084年の社会では複利が可能なのだ。サンサワはギャンブルはやらないし、事業に失敗したわけでもない。大学生のころ遠い親戚に頼まれてなにか契約書にサインした記憶を持っている。連帯保証人になっていたのだ。 そして今日もまた自分の人生を大きく変えるであろう契約書へサインしている。

地球または火星、ガニメデで犯罪歴がない 労働組合に関与した経歴がない 無制限の残業を認める 連邦政府大統領選挙でに投票するイシムラGroupに財産を贈与する etc

これらの条件はすべてみたしていたので、紙にサインをした。宇宙で死亡するかもしれない。日当はいくらなのか知らなかったがどうやら働き続ければ借金が返せるらしい。窓を見ると地表が見える。船内時間は朝の六時だが、故郷は夜だ。そして船室にはクリスマスツリーがいつまでも飾られている。船内は6月の設定なのだが。

ここがむこう4年は世話になる部屋へ案内される。この施設には遠心力による疑似重力といった気の利いたものはない。モジュールを地上から打ち上げて、宇宙でくみ上げた鉄の箱である。

地球のユニットバスほどの部屋には、壁にベッドが6つほど取り付けられていた。ここは仕事から帰って寝るだけの部屋なのだろうか。 男が一人だけいた。スズキというらしい。

「あ、初めまして。サンサワです」 「おう。スズキだ。よろしく。分からないことがあったら聞いてくれよな」 サンサワはスズキの下で働くことになった。

今日の仕事は簡単らしい。身動きの取れない宇宙服を着せられ、アセチレンバーナーを手渡される。解体業は先輩のいうことを聞いていればいいのでサンサワにはねじのようにぴったりとはまっていた。 ここは地球の上に浮かぶドッグで、廃棄された宇宙船が解体される場所。古くなった船や破壊された船がここに集まる。宇宙船は貴金属の鉱脈だ。ナノマテリアルとレアメタルの鉱山ともいえるだろう。

「手本を見せてやるからみとけよ」 スズキ船にバーナーを当てる。数日後、船は跡形もない。 「船の解体ってすごいですね!」 宇宙服とバーナーのレンタル料金、酸素代を込めると手元にはほとんど残らない。サンサワはいちおう個人事業主というくくりなのだ。 「つまりイシムラGroupと直接契約してるってことなんですね!」 だから船の解体が終わるとサンサワの心には達成感が満ちていた。

今日もサンサワは船を解体する。比較的小さい船なので一人で解体を任された。 まずは電気系統を最初に取り外さなければいけない。これは原子炉か。なるほどこれをはがせばいいのか。オペレーターが叫んでいるが電波が悪いのか聞き取れない。甲板の素材が原因だろう。レーザーカッターを入れる青白い光が見える。どこからこんな光が漏れ出ているのだろう。目の中が光でいっぱいだ。これ以上作業はできないので、船外へ出ると光はもう見えない。

オペレーターと通信が入る何やってるんだサンサワ。原子炉は丁寧に扱え 「え、だから丁寧に…」 視界が光に包まれ、そして戻ると宇宙船は砕け散っていた。そして幾千もの金属片が飛んでくる。デブリが体を引き裂く。

目を覚ますと治療費で借金はまた増えていた。 部屋に戻ると仕事を終えたスズキがいた。

「僕、生きているのが奇跡みたいですよ」 「おお!生きてたのか。死んだかと思ってた」

サンサワは自分がクローンであることに気が付くはずがない。契約書にサインしたとき、サンサワの運命は決まっていたのだ。無制限にクローンをつくる許可をしていた。サンサワの記憶を持ったクローン人間は今日も船の墓場で解体に勤しむ


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