すりガラスごしに:utatsu

「サンドブラスト?」
 研究室へ向かう道すがら、魔術大学の学生である英海は隣を歩く少女に聞き返した。
「ああ、魔術加工学のおっさんの授業のやつか。随分と懐かしいな」
「そうです! 来週までの課題なんですけど、なかなか上手くできなくて……先輩、手伝ってください。くれますよね?」
 そういって後輩にあたる橘青藍は、手に持ったグラスと砂の入った袋を差し出し、笑顔を作った。

英海と青藍が通う国立魔術総合大学は、国内最大の魔術を扱う教育研究機関として名を馳せている。大学では担当師弟制という、三年生になると一年生と組み、卒業するまで二年間面倒を見るという独自の制度が取られている。教育的な意味合いと相互監視的な意味合いを含んだ伝統的なしきたりとなっており、この春英海は入学してきた青藍の担当となったのだ。

「言っておくけど僕はやらないぞ。課題なんだから橘が自力でやらなきゃ意味ないだろ」
「ええー?」
「サンドブラストって、要は細かい砂を吹き付けてすりガラスを作る細工だろ。マスキングしていろんな模様にくり抜いて……ってこういうの嫌いだっけ?」
「いえいえ、どちらかというと好きな方です。じゃなくて! 細かすぎるんですよ、この砂。なんでわざわざ魔術で加工する必要があるんですか! この世には専用の機械だってありますし、そっちの方がきれいにむら無くできるし︙…」
青藍は不満ありありの顔でぼやく。
「はーん、さては繊細な魔力操作が苦手なこと気にしているのか? 大丈夫だって、慣れればこれくらいすぐできるさ!」
「……う、いやまあ確かにそうですけど。先輩ほど小細工が得意な学生なんていませんよ」
英海ははっきり言って魔術は不得手である。少ない魔力量でなんとかやりくりするうちに、繊細な魔力操作に道を見出し、ギリギリで進級したのは事実だ。
「バカにしてないよな?」
「いえいえ」
青藍はにっこりと笑顔を貼り付けた。

研究室に戻るとちょうど誰もおらず、そこには英海とせっせと機材を広げる青藍の二人のみとなった。
「専用の機械があるのになぜこんな訓練をするか。それは多分社会に出たときこんなことばかりするからだろうな」
「どういうことですか?」
青藍は思わず首をかしげた。
「ほら一般企業で働くとき、魔術という特殊な力を活かす場面は案外少ない。とくに僕らみたいな魔工学部なんて、製品づくりのプロトタイプ設計に携わることが一番多いんじゃないか?」
「プロトタイプ設計したら、あとはそれを既存の機構に置き換えるだけですもんね。魔術なんて疲れますし、動力を電気や熱にするほうがよっぽどコスパいいですし。あーあ、芸術系や軍事系はいいなー、魔術を使って派手に活躍できて、なんて」
実際よく耳にする話だ。魔工学系の扱う分野の殆どが地味で華がない。
「まあそう言わないで。うちだっていい所はあるさ」
「それはもちろんわかってますよ。ってこんな話じゃなくてサンドブラストです! サンドブラストー!」

「うわー……これはひどいな。すりガラス部分にむらがあるし、ヒビ入ってるな」
青藍が授業時間に一人で作製したというグラスを手に取ると、思わず言葉が漏れた。
「でしょう! そんなわけでお願いします」
「なんでそんなに自信満々なんだ。まあ大切な弟子のためだ。手本くらい見せよう」
手のひらに魔力を形成し、砂塵とグラスを絡める。一瞬グラスを撫でるとものの見事にすりガラスへと変貌した。
「はー……やっぱり上手いですね……」
「まあこんなもんだ! 言っとくけど大したことじゃないからな? もっと発熱を抑えて、砂塵は群として認識するよう心がけるように。動かすのは対象であるガラスの方な」
「よーし、っと」
青藍が意気込み、グラスに魔力を注ぎ込み始めるが――
「あ、バカ! 慣れないうちはキャビネット使わないと砂が飛ぶ――痛っ!」
英海が立ちふさがる形で青藍の前に出て、砂を戻そうとするが、間に合わず目に激痛が走る。
「す、すみませんっ! 急いで目を洗わないと……来てください! こっちです!」
青藍は英海の手をしっかりと掴んで、一目散に洗面台へと駆け出した。
「おおっちょっと待――」

「ふーっ、もう大丈夫かな」
すっかり痛みも引き、調子を確認する。
「本当ですか? ほんとに大丈夫ですか……?」
恐る恐る心配そうにその言葉に応じる。
「おう、痛くないよ。いやぁまさか手まで引いて必死になってくれるとは……って、あっはっは! なんて顔してるんだよ!」
不安げな顔から一気に赤面する青藍を見た英海は、その変わりように思わず吹き出した。
「わ、私が悪いんですから! ほんとすみませんでしたよ、もう!」
「まあ、ありがとな。表情豊かになってくれて僕は嬉しいよ。出会った頃はそれはもう仏頂面で――」
「あの頃の話はいいでしょう! つ、続きをやりましょう」
初めて会ったあの春に比べると、ぎこちなかった二人の関係も日に日にマシになっている。英海はそのことがたまらなく嬉しかった。
二人は再び作業に戻った。

後日研究室にて、返却されたグラスを眺めながら、静かに安堵する少女の姿があった。少々の粗は見られるが、この出来は自分としては大満足だ。
「ありがとうございます、先輩」
堂々と船をこぐ男の背中に向かってぼそりとつぶやき、グラスのすりガラス越しに笑みを浮かべた。


はじめまして、utatsuと申します。

今回初めて小説に挑戦してみました。

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